20200314

思い通りに切りとれたら

街を歩けば老若男女とわず写真を楽しんでいることがよくわかる。他の趣味とくらべると、からだひとつで「いつでもどこでも」はじめられる趣味が写真なのかな? と感じる。

わたしも写真を趣味にしている部類に入ると思っているのだけど、月日を重ねようと大して腕が上がった気がしない。

学生時代にちょっくら学んだことがあったが、当時は特に撮りたいものがなく、ハマらなかった。

ただ、カメラを持っていると、すこし気が大きくなるのか、街中でも人目が行動が気にならなくなることに気づき、楽しかった。


娘が生まれてから改めて一眼レフを買った。

うちの子は写真よりももっとかわいい。「一瞬を切り取りたい!」我が子を生々しく記録したい願望により、毎日飽きもせず100回以上シャッターを切ったあの日々のおかげで、カメラへの理解が深まったと思う。

しかし、被写体である娘が素直に写真を撮らせてくれていたのはそれこそ1〜2歳までで、以来、隙を見てシャッターを切るくらいしかできなくなった。

そのうち、構図がどうのより、シャッターチャンスを逃さないようにシャッターを切る機動力を磨くことが得策に思えてきた。綺麗な写真を撮ることにこだわって、思い出が残っていないなら、本末転倒だから。


アバウトな撮影方針で記録し続けてきたが、一昨年とうとう転機が訪れた。習い事の待ち時間に、少しだけぶらっとお散歩できるようになったのだ。

そのことに気づいたわたしは、Twitterの写真クラスタたちがみんな持っている「富士フィルムX100F」を購入した。子どもが小さかった頃のように高頻度で撮影するわけではなかったけど、いつでもどこでも持ち出しやすいコンデジだからこそ、たくさんの思い出を残すことができた。

特に旅行で役立つことがわかり「趣味で使う上では、もう、一眼レフは要らないかもしれない」と思わせてくれた、よき友でした。

Twitterでチラリと呟いていたのだけど、年末、カメラを新調した。同じ富士フィルムのX-T3というミラレースカメラだ。

X100Fと付き合ううちに、「もうすこしズームしてみたいな。この画質で、違う画角の写真を撮ってみたいな」と、思うようになったことがきっかけだった。

しかしながら、機材で腕が変わるわけではない。写ルンですやスマホ、画素数の低い20年近く昔のデジカメ、なんなら100年以上昔のモノクロの記録写真でも、胸に刺さる写真はたくさんあるからだ。「弘法は筆を選ばず」。

わたしも成長したいなら

  • まずはカメラの使い方を覚える
  • 設定をいじり倒す
  • 自分と相性の良い画角を見つける
  • 構図のバリエーションを増やす
  • どのような画にしたいかを決め、適正な露出・シャッタースピードをコントロールできる

そんな人になりたい!

そして、成果物をにっきにチマチマ綴ろうと思う。いつか、思い通りに切り取れる日のために。

2020.03.15

花はどこをどう撮れば美しいのかよくわからない。青空にすっとのびた枝と花はわびさびを感じるし、あふれんばかりの花たちは賑やかさを感じる。そんな気がします。
4+

メッセージ